2012年6月13日水曜日

第15回助教の会


第15回助教の会では公立はこだて未来大学の田中健一郎さんに発表していただきました.田中さんは2007年3月に東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻にて博士号を取得後,東京海上日動火災保険株式会社に就職.2011年4月より公立はこだて未来大学システム情報科学部複雑系知能学科の助教として研究活動をされています.大学院時代の同期である数理4研助教の田中冬彦さんの仲介により今回の発表が実現しました.発表タイトルは「微分作用素に対するHillの方法の収束次数および明示的な誤差上界」ということで,微分方程式に対する数値解法であるスペクトル法,特にHillの方法に関する研究成果のお話でした.

物理的な現象や社会的な現象の中には微分方程式により記述されるものが多くあります.本発表で出てくる波の挙動はその代表的な例といえます.微分方程式の数値解法としてはスペクトル法の他に差分法や有限要素法がよく知られています.スペクトル法の特徴は,他の手法と比べて非常に精度よく解を近似できることです.田中さんの研究は,Hillの方法による近似誤差の収束次数と上界に関する理論的な結果を与えています.特に,誤差上界の評価については,スペクトルの真値を利用しないことで計算可能な上界が得られています.数値手法を実際に利用する上で理論的な評価は重要な指針となります.本発表の主結果(の一部)は次の通りです.

図1:主結果

具体的な問題設定は以下の通りです(図2).まず,対象は非線形波動方程式です.この非線形波動方程式を定常解の周りで線形近似することにより,摂動$\eta$を使って解$\zeta$の安定性を調べることが目的です.ここではさらに$\eta(x,t)=\Psi(x)\exp(\lambda t)$を仮定して,時刻に依存しない関数$\Psi$の微分方程式へと変形します.今,解の安定性は微分作用素$S_p$のスペクトル,特にその実数部分の正負で判定されます.つまり,スペクトルの実部が負であれば安定,正であれば安定ではないということです.以上より,問題は微分方程式$S_p\Psi = \lambda \Psi$を数値的に解くことに帰着し,あとはこの微分方程式を数値的に解けばよいことになります.そして田中さんは,Hillの方法による近似を考え,その収束次数と誤差上界を理論的に導出しています.

図2:非線形方程式の変形


Hillの方法はもともと1886年にHillにより提唱されましたが,有効な数値計算手法として認識されたのはごく最近になってからの話だそうです.Hillの方法による近似は
1. Floquet-Bloch分解
2. Fourier級数による近似
の2段階で行われます.まず,Floquet-Bloch分解の概要を図3に示します.Floquet-Bloch分解をなぜ行うかというと,それは作用素$S_p$が連続スペクトルをもち直接的な解析が難しいためです.Floquet-Bloch分解では,非周期性を指定するパラメータ$\mu$の値に応じて周期解と微分作用素$S_p^{\mu}$を考えます.パラメータ$\mu$の値を変化させることで作用素$S_p$のスペクトルがすべて現れ,$\mu$の値ごとに作用素$S_p^{\mu}$が点スペクトルだけをもつので解析がしやすくなります(図4).

図3:Floquet-Bloch分解(その1)
図4:Floquet-Bloch分解(その2)

Fourier級数による近似では,周期関数を使って周期解を無限級数展開し,$2N+1$項の有限打ち切りによる近似を行います(図5).Hillの方法により,微分方程式$S_p\Psi = \lambda \Psi$という問題がパラメータ$\mu$ごとに$2N+1$次正方行列の固有値問題に帰着されます.

図5:Fourier級数による近似


固有値問題の解ともとの問題$S_p\Psi = \lambda \Psi$のスペクトルとの誤差を評価するために,田中さんは誤差を「固有値問題の固有関数ともとの問題の固有関数との誤差」と「Fourier近似による誤差」の2つに分解しました(図6).後者についてはFourier解析の一般論から誤差の評価が得られます.前者の評価にはGershgorinの定理とDunford積分という2つの道具が使われています.Gershgorinの定理は固有値の存在する範囲を教える定理であり,Dunford積分は複素解析における留数の定理を作用素に対して考えたようなものとのことです.上界の評価においては,収束次数の評価で用いた手法に工夫を加え,スペクトルの真値を直接利用しないことで明示的な上界を与えています.以上より精度誤差の収束次数と上界に関する主結果を得ます.

図6:精度誤差評価のためのアイデア

例題について,近似誤差と田中さんの与えた上界との比較結果も紹介されました(図7).

図7:精度誤差と上界との比較

今回の田中さんの発表では「実際に計算できるもので評価する」という点が強調されていたように思います.誤差の理論的な評価は数値手法に関する重要な指標です.特に,実際に計算して使える指標の存在はやはり心強いものだと思います.大変興味深く面白いお話でした.


数理5研助教 廣瀬善大



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