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2014年2月4日火曜日

第29回助教の会

久々の開催となりました第29回助教の会では,本年度秋に数理4研に着任された松井千尋さんに「確率過程の可解性と代数構造」というタイトルで発表していただきました.松井さんはもともと物理学の出身で,今回の発表はこれまで行ってきた研究を物理に馴染みのない人でも分かるように構成したものとのことです.


統計物理では粒子同士の相互作用といったミクロな規則から統計的手法を用いて例えば超流動といったマクロな現象を導き出すということがテーマとなっています.例えば磁性体のモデルであるイジングモデルの場合,それまで揃っていたスピンの向きが系の温度を上げるにつれて熱揺らぎの効果が大きくなっていき,ある温度を境にスピンの向きが全く無秩序になるという臨界現象が知られています.このような臨界現象では,モデルの詳細よりむしろ「現象がモデルのスケール(例えば格子の数)に対してどのように依存性をもつか」といったマクロな特徴量が本質的となり,そのような量を導出することが物理現象を分類・解析するうえで重要な問題となります.


このような解析では近似や漸近的な議論が主に用いられますが,代数的によい構造をもつ「可積分系」とよばれる一部のモデルでは厳密解を求めることができ,そのような可積分系に対して松井さんはこれまで研究を行ってきました.今回話して頂いたのは,非対称単純排他過程(ASEP)をUq(sl2)代数とよばれる構造を用いて解くというものです.ASEPというのは1次元格子上に配置された粒子のモデルで,1個の格子(サイト)には1個(あるいは一般にl個)の粒子しか収められないという制約のもとでの粒子の動きを表現するものです.これはもともとRNAの動きのモデルとして提案されたものですが,渋滞のモデルとして聞いたことのある人も多いのではないでしょうか.


さて,ASEPにおける状態の時間変化は遷移行列を用いて表すことができます.具体的には,2サイト(i,i+1)間での粒子あり/なしの組み合わせそれぞれの確率を表すベクトル
|P \rangle= |(\mbox{なし・なし}), (\mbox{なし・あり}), (\mbox{あり・なし}), (\mbox{あり・あり})\rangle
に対して,その時間変化はある行列M_{i,j}をかけたものと表すことができ,それらを全てのサイトiについて重ね合わせたものが全体としての状態変化となります.


この系の定常状態を求めるには
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}|P\rangle= M |P\rangle
の固有状態を求めればいいということになりますが,これを1サイトに収容可能な粒子数をl\ge 2個とした場合に拡張するのは簡単ではありません.

そこで用いるのがM_{i,j}のもつ代数的な性質です.M_{i,j}
e_i^2=(q+q^{-1})e_i\\ e_i e_{i+1}e_i=e_i\\ e_i e_j=e_j,e_i,\,\mbox{if } |i-j|>1
という3つの代数関係を満たす行列e_i(Temperley-Lieb (TL)代数生成子)の直交変換で表すことができることが知られていて,このTL生成子を3状態以上に拡張したものをうまく組み合わせることで,一般のlにおける遷移行列Mを表現することができます.

MをTL生成子で表すことのメリットは,TL生成子e_iに対して演算子Xが可換となる(つまり,e_i X=X e_iとなる)ようなXが知られているということで,初期の定常状態|P\rangleに対してX|P\rangleもまた定常状態となることから次々と定常状態を求めていくことができます.このような性質をもつXが冒頭に出てきたUq(sl2)代数生成子で,松井さんはこのことを用いて「粒子が右に進む確率が左に進む確率より大きい,粒子は計n個で境界外への出入りはない」という設定のもとで,「粒子のほとんどは右側n/lサイトに集中する,それよりrサイト左に粒子が存在する確率は指数的に減衰し,その指数はサイトあたりの最大粒子数lに比例する」という非常にシンプルな結果を導出しました.

また発表の最後には,別の初期条件・境界条件に関する議論もありましたが,こちらは公表前の話題ということでここでは割愛させて頂きます.

私自身も研究で確率過程の挙動を調べることがしばしばありますが,基本的に近似と漸近論で済ます場合がほとんどなので,このように一見複雑な系でも代数構造を利用することで厳密な挙動が求まるというのは大変興味深い結果でした.



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